富久丸・富久駒


  • こんにちは。

    この度インタビューをさせて頂くのは、横浜芸者の富久丸(ふくまる)姐さんです。

    横浜に花街があることをご存知ない方が多いのも当然です。なぜなら、横浜花柳界が存在したのは過去の話で、富久丸姐さんが今年(2017年)になって、新たに誕生させたからです。

    本日は横浜花柳界の歴史や、今年になって再興を目指すことになったキッカケなどについてお伺いします。

    ============
    富久丸(ふくまる)
    神奈川県出身 2017年夏 横浜芸妓組合を設立
    他の花街での経験を活かし、横浜の芸者文化の復活を目指す。
    ============
  • 最近の活動について
    • 長岡
      こんにちは、東京花柳界情報舎の長岡と申します。本日はお時間ありがとうございます!

      富久丸
      こちらこそ、横浜までありがとうございます。

      富久駒
      よろしくお願いします。

      富久丸
      こちらは見習いの富久駒(ふくこま)です。
      本日は取材とあって、同席をお願いしました。

      長岡
      ご配慮ありがとうございます。
      改めまして、長岡と申します。

      富久駒
      富久駒と申します。よろしくお願いします。

      長岡
      富久駒さんということは、富久丸姐さんの二文字を頂いた芸名ですか?

      富久駒
      そうなんです。「富久」の二文字を頂き、「駒」は母が「こま」と言う名前がつくのは可愛らしいということで決まりました。
  • 横浜花柳界の歴史
    • 長岡
      横浜の花柳界については、馴染みがなかったのですが、詳しくお伺いしてもよろしいですか?

      富久丸
      横浜の花柳界は歴史が古く、文明開化とともに花柳界も栄えてまいりました。全盛期には、600名ほどの芸者衆がおり、横浜は外国の方々も多かったため、ダンスホールでも踊れるように勉強されていたそうです。それから、横浜の地名に関した唄や踊りも多く、横浜をより活性化させるため、昭和30年代に「浜をどり」という踊りの会もあったんですよ。

      長岡
      をどりの会があったことから、他の花街に引けをとらない規模だったのが分かりますね。
      私は昔から横浜に対してモダンなイメージがあるのですが、和の文化も豊富だったのですね。

      富久丸
      行政の方針で横浜は当時からモダン文化を積極的に取り入れてきた歴史があります。ダンスホールを料亭内に設けたという話もあったんですよ。

      長岡
      料亭内にダンスホールは、私も見たことが無いですね。

      富久丸
      モダン文化と和の文化が融合した花街だったんです。

      長岡
      なんだか横浜らしいですね。少し納得しました。

      富久丸
      ただ残念ながら、時代と共に料亭の数が減り、お座敷も減りました。そしてついに横浜芸者は一人もいなくなりました。

      長岡
      そして富久丸姐さんが、横浜の花柳界を復活させたのですね!キッカケはなんだったのでしょうか?

      富久丸
      私の出身が神奈川ということもあり、現在の出先であるの田中家で元々働いていたご縁と勧めで、花街を再興させることを決めました。富久駒も同じ田中家で働いており、賛同してくれたんです。

      富久駒
      田中家でのお姐さんの所作がすごく綺麗で、花街を復活させると聞いて、思い切って弟子入りを決めたんです。

      長岡
      田中家の店主や富久駒さんなど、お仲間に恵まれるのも富久丸姐さんの人徳かもしれませんね。

  • 今後の予定を伺いました
    • 長岡
      お話しを聞くと、今年は激動の1年のようですね。

      富久丸
      はい、花街を立ち上げ、芸者見習いを集め、HPを立ち上げ、今後は出先を増やすためのチラシ配布などを予定しています。

      長岡
      全国的にみても、花街が廃れる主な原因が、料亭の減少ですから、出先を増やすことは急務になりますよね。

      富久丸
      他にも、芸者の育成にも多くの時間をこれからも割く予定です。

      長岡
      稽古は大事ですものね。

      富久丸
      富久駒以外にも、男踊りの得意な「香太郎(こたろう)」もおります。名前の由来としては、彼女にとって両親はかけがえのない存在であり、また一番の応援者と感じているそうです。その恩を忘れず、一生精進する心を持ち続けるため、お父様とお母様のお名前を戴いたそうです。

      長岡
      将来が楽しみですね。

      富久丸
      はい。そしてまだまだ、芸者を増やしていく必要もあります。

      長岡
      私のHPに募集欄を設けますので、お役立てください。

      富久丸
      ありがとうございます。
  • 料亭「田中家」にて
    • 長岡
      それにしても田中家さんは、ビックリするほど立派な料亭ですね。

      富久丸
      田中家は文久三年(1863年)創業で、坂本龍馬の妻、「おりょう」ゆかりの料亭としても有名なんですよ。
      おりょうは、外国語も堪能で外国人も含めて、多くのお客様から評判だったそうですよ。

      長岡
      いやー、幕末・明治時代のオールスターの写真があちこちに展示されていて、見ているだけでも楽しいです。こういったお写真の説明を芸者がされると、聞く側も楽しくなりますね。

      富久丸
      そう言っていただけると、嬉しいです。


      料亭内のお写真は諸事情で掲載が出来ませんが、伊藤博文、西郷隆盛、高杉晋作、ハリスといった面々が田中家を過去に利用されたそうです。料亭内の展示物は一見の価値ありです!
  • インタビューを終えて
    • 長岡
      本日は貴重なお時間、ありがとうございました。

      富久丸
      こちらこそ、急な日程にも関わらず、ありがとうございます。

      長岡
      まだまだ忙しい日々が続きそうですね。

      富久丸
      そうですね。

      長岡
      私の方でお手伝いできることがあればお知らせください。
      何かの告知や募集に、少しでも貢献できると思います。

      富久丸
      ありがとうございます!
  • 感想
    •  本日はインタビューへのご協力ありがとうございました。

       横浜には久々に立ち寄りましたが、今まで以上に発展が目覚ましく近代的な高層ビルが多かったです。そんな街並みを10分程歩くと、そこには黒塀で囲まれた立派な料亭があります。横浜の和の部分に触れて、将来の横浜花柳界の再興・発展の可能性を見ました。

       これから、2020年東京オリンピックや、カジノ誘致の可能性など、東京と横浜には、さらなる発展の可能性があります。東京花柳界情報舎の目標である、「午後5時6時頃になると主要駅の繁華街では、身嗜みを整えた芸者衆がお座敷に向かう光景が日常的なものになっている状態」を実現するために横浜花柳界も外せない存在になることは間違いありません。本日の富久丸姐さんのインタビューから力強い決意を感じ取りました、お出先と芸者が増えることを当サイトでは応援を続けます!
  • 2017年10月某日 横浜「田中家」にてインタビュー

インタビューへのご協力ありがとうございました。