虎々(とらとら)

  • 遊び方
  • ◇事前準備◇

    この遊びは2人で行う体を使ったジャンケンです。
    芸者とお客様の間に屏風や襖など、お互いの姿が見えなくなるように準備します。

    とらとらの演奏が必要となるので、地方のお姐さんにお願いをしましょう。
    又は音楽を再生するための機械を用意します。
    とらとらの歌詞を覚えて、皆で唄いながらの方が楽しいです。


    ※とらとら(虎々) の歌詞は このページの下段に記載しています。



  • ◇ゲームの流れ◇

    「とらとら(虎々)」は、日本の伝統的なお座敷遊び・お茶屋遊びです。
    近松門左衛門の浄瑠璃「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」から誕生した遊びで、 『和藤内(わとうない)の虎退治』や『加藤清正の虎退治』としても紹介されています。

    遊び方は、ジャンケンと同様の「三すくみ」で勝敗が決まり、体のジェスチャーでジャンケンをします。


    和藤内の槍は虎に勝ち。
    虎は老母に勝ち。
    老婆は自分の息子の和藤内に勝ちます。


    ↓の動画を参照すると様子が分かり易いです。
  • 虎々(とらとら)の歌詞
  • 千里走るよな藪(やぶ)の中を皆さん覗いてごろうじませ
    金の鉢巻きタスキ和藤内(わとうない)がえんやらやと捕らえし獣(けだもの)は

    とらとーら とーらとら
    とらとーら とーらとら
    とらとーら とーらとら

  • 歌詞の解説
  • 千里走るような藪の中
    →千里(約4000キロ)続くような、すごく広い藪の中。


    覗いてごろうじませ
    →「ごろうじませ」とは、「騙されたと思って」の意。
    →「覗いてごろうじませ」とは、「騙されたと思って、覗いて見てください」という意味。


    和藤内(わとうない)
    →中国・明時代の政治家、鄭 成功(てい せいこう)をモデルとした「国性爺合戦」の主人公。
    「和藤内」の名前の由来は、中国人を父に、日本人を母に持つため、「和(日本)でも唐(中国)でも内(ない)」という洒落から来ている。


    えんやらや
    →過去に使われていた「かけごえ」。
    →今でいう、「よいしょ」とか「うりゃー」とか「おりゃー」などにあたる。

  • お座敷遊び「虎々(とらとら)」の由来
  • 虎々(とらとら)のルーツはどこにあるのか?
    明治初期には、お座敷遊びとして「とらとら」は存在したようです。
    虎々(とらとら)に限らず、ジャンケンをモチーフにした「三すくみ」の遊びは、昔から多く存在しましたので、 その一つがお座敷文化に定着したのだと考えられます。


    モチーフは「和藤内」なのか「加藤清正」なのか?
    お座敷遊びの虎々(とらとら)を解説する動画や文献を調べると、『和藤内の虎退治』や 『加藤清正の虎退治』がモチーフになったという説明が見られます。 どちらも「虎退治」という共通点はありますが、歌詞には「加藤清正」は登場せず「和藤内」しか登場しません。 一体どちらが本当のルーツなのかの真実は不明ですが、仮説を立ててみました。


    •  左の画像は右上に「和藤内 虎狩之図」と書かれています。 しかし実際の画題は、朝鮮の役においての加藤清正の虎退治を描いています。 これは当時、信長・秀吉以降の武家を描く事については禁止されていたため、 歌舞伎「国姓爺合戦」の人物で、同じく虎退治をする和唐内(鄭成功)に仮託をしたためだと言われています。

      絵が描かれた当時の人間にとって、「加藤清正」「和藤内」のどちらも馴染みのある存在であって、 件の理由で「加藤清正を描けないので、代わりに和藤内を描いた」という事情も一般的に知られていたとするならば、 虎々(とらとら)の説明が2通りあることも納得ができます。 早い話、「2人は同一人物ではないけれど、どっちも虎退治をした人で、 加藤清正の代替えで和藤内が描かれることもあった」という事実さへ抑えておけば、お座敷遊びとしての 虎々(とらとら)のルーツがどちらであっても説明が付きます。

      付け加えるとするならば、「歌詞の語呂」として和藤内を歌詞に入れた方がテンポが良いので、今の歌詞になったかのかもしれません。

      結論、加藤清正、和藤内、どちらもモチーフとなります。